プロジェクト・ヒストリー

世界遺産「富岡製糸場」を支えた大和式乾燥機。明治時代、日本の産業の発展を支えた「富岡製糸場」が世界遺産になりましたが、「富岡製糸場」の技術の一端を担っていたのが当社の大和式乾燥機でした。明治初期、日本にとつて外貨を稼ぐには「生糸」しかありませんでした。その生糸を大量生産するために、明治政府は富岡製糸場を作りました。生糸の原料はカイコの幼虫が吐き出して作る「繭」です。
昆虫は生き物だから、10日もすると生繭から羽化してカイコ蛾が出てきてしまうので糸が切れて生糸原料としては使えなくなってしまいます。生繭の殺蛹と同時に繭がカビないように、時間をかけて乾燥しなくてはなりませんでした。農産物の繭はいちどきに何百キロも集められ、所定水分にまで乾燥しなくてはならないことが分かつていても、それが出来る乾燥機が明治初期の頃にはありませんでした。大和三光製作所の創業者と諸先輩の熱意と技術が繭乾燥機として完成し、富岡製糸場の立派な原料繭倉庫も大和三光の乾燥機が7台も活躍したからこそ、世界遺産の象徴として現存できたことを私たちは誇りに思います。先人たちの誠実なDNAを受け継ぎ、これからも世の中の役に立つ乾燥機を送り出し、大和三光製作所のひとりひとりが、そのDNAを脈々と引き継いでゆくことこそ、世界遺産となった繭乾燥機が我々に語っているメッセージだと感じています。
世界遺産「富岡製糸場」と「大和三光製作所の乾燥機」。納入当時の写真。現存する当社のプレート。自動繰糸機。小屋組(トラス構造)。鉄水漕(給水溜)。西繭倉庫(西置繭所)。